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里主コラム
コラム 31 お中元
コラム 32 山桜
コラム 33 あきあかね
コラム 34 二百十日
コラム 35 東京オリンピック
コラム 36 萩
コラム 37 仲秋の名月
コラム 38 超大国
コラム 39 本物と暮らす
コラム 40 いわし雲

 

里主コラム 1~10 51~60  101~110  141~150  191~200
里主コラム 11~20 61~70  111~120  151~160  200~211
里主コラム 21~30 71~80  121~120  161~170  
里主コラム 31~40  81~90  121~130  171~180  
里主コラム 41~50  91~100  131~140  181~190  

 

 

  • お中元

    旧暦7月15日(今年は新暦8月21日)は中元です。
    中国の道教の祭日(三元)の一つから来た風習です。
    上元は1月15日の小正月、下元は10月15日の収穫祭です。
    中元は丁度仏教の盂蘭盆会(うらぼんえ)と重なり、先祖を祀ることと、今を生きる人に日頃のお世話を感謝して、お供え物、素麺や果物など贈り物をお届けすると同時に無事息災であることを確認し願う習わしから来ています。


  • 贈り物として素麺は無病息災を願うものとして古くから重宝され、保存期間が3年余りと長いことと合わせて、百姓は日頃手間仕事が多く作るのに時間がかかる粉物の保存食品として大いに役立っていました。米、麦の合間に食されるすぐれもので、夏は冷やして、冬は暖かくして頂けるフルシーズンの加工食品だから贈り物の代表格とされたのでしょう。
    弊里の「阿波くろ麺」もその一翼を担っております。
    昔ながらの製法で、弥生紫(黒米)と小麦を合わせ寒中に手作業で手延素麺を作ります。
    年々歳々、猛暑がひどくなり、食欲減退に素麺の出番が多くなっている当節です。

 

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  • 山桜

    藤沢周平原作の映画「山桜」、江戸末期のとある藩の出来事。
    天候不順で不作が続き、農民は年貢を収めることもままならない年が続いた。雑穀粥を啜って生きる農民集は、きびしい年貢取り立てを少なくして頂けるように嘆願を役人に申し出るが門前払いと成る。藩の重臣は年貢米を逆に引き上げるとともに石高を上げるために新田開墾の方策に出る。開拓には農作業に休むまもなく働いている農民を駆り立てる。人貢を出せない農家は田畑を取り上げ追放に処す政策をとる。それによって重臣とそれに繋がる豪商は増々利得を得てゆく、下臣の一部から施策の酷業に怒りを覚えていた。
    そんな中、ある農家の老婆と幼子が栄養失調で亡くなり、憔悴しきって弔っている農民の墓前を通りかかった下級武士は静かに礼をする。
    事の始終を観ていたその下級武士は積年の思いを城中において刃傷に出て重臣を惨殺する。
    即刻、打首となるところを下臣や農民の思いも計らって山桜が咲く頃に江戸から帰国する藩主の裁断を待つ事とし、やがて山桜が美しく咲く街道を藩主の大名行列が帰国するストーリー。

    思いを致すに長い日本の歴史は農民には厳しい制度が続いて来ました。
    「水呑百姓」の所以はここにあります。自分で作った米を食べることも売ることも許されない不条理な制度、使役に使われ水粥を啜って命をつないできた歴史があります。
    最近になって米生産者が自分で販売出来る法案が成立しましたがそれは僅か十数年前のことです。
    二次産業・三次産業では自分で作ったものは自分で売る当たり前の事が長い年月ご法度とされた日本の政治、豪農と政府が作った農業会、現在のJAは一般農家の為の組織形態ではなく連綿と続く搾取の組織の変形で、現在では組織防衛に汲々としています。

    ネット社会の現在、米の生産農家は自由に生産し販売をすることの意味を噛み締めて、誇りを持って生産し、お客様に「おいしく」そして「健康」であってほしいと願い、「心をこめて」お届けしています。

 

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  • あきあかね

    稲刈りのシーズンを迎え、圃場ではコンバイン(稲刈機)がいそがしく動いています。
    その圃場に秋の陽光でキラキラと羽を光らせアキアカネが沢山飛んでいます。
    トンボの種類は世界中でも多い国柄ですが、アキアカネは日本固有種です。
    トンボは戦国時代「勝ち虫」と呼ばれて縁起がよく、兜や武具類の文様に好んでデザインされ愛用しました。葛飾北斎など日本画のモチーフに多くの画家が描き、外国の芸術家、ロームやガレのランプなどガラス細工にも見事に表現されて、洋の東西を問わず愛された生き物です。
    トンボは「飛ぶ穂」から来ているともいわれ、黄金色に実った稲穂と真っ青に澄んだ秋空に物音立てず群れてスイスイ飛ぶ様は将に赤い宝石そのもので、生態系の豊かさを象徴しています。
    豊作年はアキアカネが多く飛び交い、農家にとっての害虫を沢山捕ってくれるありがたい生き物、忙しい農作業の疲れを癒してくれる愛しい存在です。
    特に夕暮れ時は小さな虫が多く飛び立ち、それを狙って数をイッキに増して茜空に黄金色の稲穂、その合間に乱舞するアキアカネの様は筆舌にしがたい自然の「美」があります。
    春先から田植え間もない田圃に小さな姿で羽根を広げるイトトンボ、真夏のギンヤンマ、風格の有り早いスピードで飛ぶオニヤンマ、木陰に暮らすお釈迦トンボ、などなど暮らしの中で潤いを与えてくれる可愛いい生き物、トンボは日本の自然の豊かさの写し鏡、稲作文化の大切な生き物の一つです。

 

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  • 二百十日

    立春から数えて210日目、今年は9月1日、潤年は8月31日。
    この日から二百二十日(同9月11日)の頃にかけて台風シーズン、例年気圧配置の関係で四国は台風の通り道となり、災害や農作物に多大の被害を及ぼします。
    まさしく四国は台風銀座、毎年この時期なると神にも祈る心境です。
    一年かけて一所懸命に育てたお米が一夜にして壊滅状態になることもしばしば起こります。
    数年前には、一週間に二回台風が襲来し、籾が落ちやすい「弥生紫」(黒米)は、暴風雨でほとんど落穂、平年の二割程度しか収穫することが出来ませんでした。
    悔しくも有り、情けなくも有り・・・・自然には勝てませんから耐えて忍んで、「又来年は良い米を作ろう!」と心に誓い農作業に励みます。
    その年、心待ちにしておられたお客様には大変ご迷惑をおかけして、新米がご予約通りにお届けできなかった事を今でも申し訳なく思っております。
    自然の営みの中に身を置く我々は、干ばつでも台風でも天変地異が起きても遍く受け入れて恵みの恩恵を頂いていることに感謝しています。
    人の力では土作りも出来ませんし、気温の変化や日照時間の長短、風向きや慈雨、作物を育てる力は何一つ持ち合わせていないからです。
    自然に逆らわず、寄り添って、慎ましく、作物に精一杯の愛情を注いで、後はケセラセラです。そうでないと農家は務まりません。
    現代社会は自然を甘く見がちで、特に先進国の都会の喧騒の中、人工的空間に暮らしておられる皆様方は自然に対して無防備で且つ有難さを忘れがちです。

一日一度は空を見て雲の動きや風の強さ、太陽や月の位置や木々の色など「自然を愛でる」心を持ってはいかがでしょうか?

 

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  • 東京オリンピック

    前回の轍を踏まないように周到にして、総力戦で2020年東京オリンピック招致を勝ち取り誠におめでたいことです。
    半径8kmに競技会場がほとんど収められてコンパクト、次世代型の夢のある設計とか。
    それにつけて思うに、超高齢化が進む日本社会に於いて、又来るべき温暖化対策には無策の感が拭えません。
    日本の地形は急峻な山河と僅かな扇状地が大半を占め、文明が発達し、人口増加による自然発生的な生活地域の拡大、河川沿いや丘陵を開発して無秩序に都市形成がなされ、車社会になると旧街道は見捨てられバイパスが田園を横切り、水上交通をなしていた運河は埋め立てられて道路や高速道路に変身、無秩序な街の発展は美意識の欠如と非効率な都市空間と化しています。


  • この際、都市計画、農業・産業計画を抜本的に見直した「百年の計」を立ててはいかがでしようか。
    東京、大阪など大都市は都心部に超々超高層ビルを林立して集約し、空中都市ビル群の間を森林の公園等に、地方都市は県庁所在地など中都市部にその小型版を作り、住宅や商業施設、公共施設やサービス業などを超高層化と省エネ化、利便性と効率化を図るコンパクトシティーにしてはいかがでしょうか。
    我々平地で農業を営む者にとって一般的に住宅や工場などの合間に点在する細切れの圃場で非効率な農業を強いられています。
    空いた郊外の土地は大規模圃場を整備し、効率化と安全安心な環境で農作物の栽培を又、二次産業は関連産業の下請け孫請けも含めた一大産業基地にして緑豊かな環境整備を設けてはどうでしょうか。
    稀有壮大な夢と思わず世代を跨ぎ美しい未来都市を実現させる発想も必要です。
    但し、権利や法律上の問題等、現代が抱える諸問題は一切無視した夢話ですが・・・
    日本人にとっては最も不得意な計画・戦略に取り組み、世界に誇れる金メダル国土計画は
    儚い夢でしょうか・・・・・

 

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  • 萩

    白や赤紫の萩の花は日本人が昔から好んだ佳木。
    私はこの時期になると花より団子で、母がよく「おはぎ」作ってくれて、頂いたことを思い出します。小豆を収穫して間もない時期なので柔らかく、皮ごとグツグツと煮込んで粒餡にして、少し小さ目の楕円形に握ったおにぎりにタップリとアンコが包まれてあり、又別にきなこをまぶしたおにぎり、少し大き目に握ってあり、取り合わせての塩梅が調度よく、甘いのとあっさりとしたきなこ味が絶妙のバランスでいつも腹一杯頂きました。
    小豆の収穫後に作る「おはぎ」は赤紫色の花をつける「萩」の時期と重なるところから、「おはぎ」と名付けられたと聞き及んでいますが定かではありません・・・。
    その昔は万葉集に沢山詠まれ、春の山桜と共に秋を代表する花、山上憶良が詠った「萩の花尾花葛花なでしこの花をみなえしまた藤袴朝顔の花」はあまりにも有名、142首も詠まれており、その昔高貴な方々には、その可憐で小振りな花姿に詩情を映して表現するに値する秋代表の花木であったのでしょう。


  • 私共は落ち葉を集めて腐葉土堆肥にするときにヤマハギの花がついたものを採取して一緒に積み込み、堆肥に混ぜ入れます。それに拠って発酵がより一層進んで良い腐葉土堆肥が出来るからです。無くてはならない自然の恵みです。 落ち葉掻きは重労働、山間の日当たりの良い場所にそそと咲くヤマハギは冬に落ち行く山肌に一筆の色艶を添えて、仕事の疲れを癒やしてくれ安らぎを与えてくれる秋山の華です。

 

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  • 仲秋の名月

    旧暦の葉月8月15日、太陽暦の9月19日は満月です。
    それを指して仲秋の名月と呼んで、古人は自然を敬いました。
    この日は土地の産土神様に五穀豊穣の恵みの力を頂いたことに感謝して、お団子15個と清酒をお祭りしてお礼をする日です。
    文月が初秋、長月が晩秋、その真中の葉月が仲秋、満月の日、昔は稲刈り前の神事として大地に感謝すると共に、これから収穫を迎えるにあたり、家内が無事息災で収穫を終えて豊作である様にお願いしました。子供の頃はお団子を頂くことがいの一番で大地の力や自然の恵は理解するよしもありません・・・。団子汁は今もって忘れることない味です。
    幼き頃に尾花が狐の尻尾に似ているので、満月に照らされた尾尻を観てちょっと怖くなったことを今でも思い返し「(^-^)」とします。


  • 農家は一年を通して節目節目に自然の神様に感謝し、家族や地域の人々が拠って杯を交わし、苦労を労い、情報を密にして暮らして来ました。今はその風情も無く、機械化と国際化が進んで、世界的スケールで物事が進んでゆく時代です。
    村社会から国際社会へ大きく変貌を遂げ人々は右往左往、地球温暖化がヒタヒタと押し寄せて大地が悲鳴をあげ、地上の動植物は徐々に淘汰され、地球環境の激変が目に見えている中においても未だ人類は対応を怠っています。そのような中で日本の稲作文化はどう変貌してゆくのか楽しみであるのと同時に日本的情緒がどこかまで耐えられるのか心配です。月には「うさぎ」が住んでいて、いつも地球を見ています。地球に住む住人の愚かさを見つめているようです。
    この時節に地球環境を良くする「小さな一歩」を歩んではいかがでしょうか。

 

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  • 超大国

     現在の超大国は言わずと知れたアメリカ合衆国です。そこにソビエト連邦崩壊の間隙を縫って政治形態が異なる東洋文化の雄、13億を有する中華人民共和国が躍り出てきた。
     鄧小平氏の国家戦略「二十四次方針」のもとに着実に実力をつけ、現在は世界第二位の経済大国となってGDP7%台で躍進中です。その壮大な国家戦略は中華思想の長期展望に立脚して、冷静沈着にして能力を隠し真の実力をつけるまで時間稼ぎをしながら「戦わずして勝つ」戦略を採っています。No1 アメリカの影響の及ばないアフリカや一部の中東諸国、アジアの国々と着実に関係強化を図り、世界一の豊富な外貨準備高を以って強力な資源外交を進め、時には寛容に時には威圧的に硬軟自在、強かさを持ってアジアの近隣諸国からその影響力を発揮しています。
     中国は隣国日本の地政学的重要性を一番熟知しており、自由主義経済圏第二位でアメリカ依存の経済大国に東洋の盟主が長期戦略で知略を巡らしています。


  •  その昔、日本は中国文化を巧みに取り入れて千年以上の歴史があり、明治以降西洋文化の導入に成功し融和した類まれな国家です。現在日本はGDPで一気に抜き去った隣国に嫉妬し、超大国アメリカの影響力の低下に恐怖を抱き、その立ち位置を模索し始めた所です。
     国際化社会に於いて、これからは東洋と西洋をうまく融合させる仕組みが必要です。唯一成功した国が日本です。世界の良いお手本になる「鍵」を握っている国です。
     どこの国が一等賞をとってもこれからの世界は共存共栄しか道はなく、地球温暖化など難問解決に各国の衆知を集めて解決策を見出していかなければなりません。人類を破滅に追いやる愚策をやめて、日本は中庸の一手で貢献してはどうでしょうか。西洋でもなく東洋でもなく眞のグローバル世界を目指す豊かな地球国を一考してはいかがでしょうか。
     勿論、スパイスとしての日本らしさは残しておきます。
     まあ、政治の世界は絵空事では解決できないのは常道と解かっての話ですが・・・。
     そうしながらも人類は滅亡に向かってまっしぐら?

 

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  • 本物と暮らす

     豊かな人生を送る要諦は、真贋を見極め「本物」と暮らすことではないでしょうか。
     それは何も贅沢を奨励しているのではありません。
     人とのお付き合いで言えば、各界の達人と、もう少し下がって自分にとって話しづらい位に立派な方と積極的に話す努力をすることです。存命でない方はその方の書物を読むことです。場合によりますができれば有る期間歴史の風化に耐えて生き残った書物は普遍性が有り尚更読むべきです。万葉集、古事記、日本書記、少し新しくて徒然草などなど。
     芸術品であれば最上位に位置するものを美術館などに出かけて鑑賞することです。
     もしお金に糸目をつけるだけのリッチな御仁で、購入のチャンスに恵まれれば尚由。
     当世まず個人では不可能?・・・。


  •  日本もバブル期に某保険会社がゴッホの「ひまわり」を法外な値段で購入、世間を賑あわせましたが今になってみると正解であったことがわかります。他方ゴッホの「医師ガシェの肖像」だったと記憶していますが、バブル崩壊で持っていた某会社が倒産、カタに取り上げていた某銀行は芸術的価値に無知な為二束三文で外国に売り飛ばして金に変えてしまいました。日本の宝になる絵画をバーゲン処分するとは残念の一言です。その点フランスは芸術の都パリを代表するように造詣が深く、世界から年間8千万人もの観光客が芸術鑑賞などにやってきて経済効果も抜群、心を豊かにしてくれる当代一の国です。 引き換え日本のそれは1千万人そこそこでお隣韓国より劣ります。
     そんな法外な金額に無縁な庶民はせめて何か一品一流品と呼ばれる生活に密着したものを暮らしの中に忍ばせてみてはいかがでしょうか。


  •  手前味噌ですが、私は徳島県なので徳島藩のお抱え絵師「写楽」の浮世絵大首絵のレプリカで楽しんでいます。同じ絵でも無名の本物より名品のレプリカにするべきです。端渓の硯、モンブランの万年筆も毎日の暮らしに欠かせない一品となっています。
     主食はプロの米生産農家ですから徹底的にこだわった「まま徳」を毎日頂いています。
     スパイスの効いた生き方をするには本物に出会うことが必須です。
     レオナルド・ダ・ビンチの傑作「モナリザ」、藤原行成の書「和漢朗詠集」は私にとって本物中の本物と思って何度も足を運び心が豊かになりました。
     皆様にとって何が本物ですか?

 

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  • いわし雲

     この時節、ちょっと空を見上げて下さい。
     真っ青な空、すじ雲、いわし雲、ひつじ雲、曇空、そして雨空と色んな表情をした空が見えると思います。今時は「女心(男心)と秋の空」と目まぐるしく変化する秋を評していますが、一雨ごとに深まりゆく秋、冬の季節を運んでくれています。
     農業は自然との会話そのものです。特に空の色や雲の形、朝焼けや夕焼けなど、その全てはこれからやってくる天候の前兆です。加えて風の方角や強さ、霞や霧、肌で感じる湿感、南風は暖かく湿って重く、北風は肌寒くて乾いた風を運び、無風は空気中の水分を地表に降ろし露となって農地に湿りを与え秋蒔き野菜の成長を助けています。
     今は稲刈り時の時節、いわし雲が出ると「天気が弱ってきた」「明日か明後日は雨になる」と収穫を急ぎ、作業手順を変更し全てを自然に合わせるのが農家の習いです。
    大都会では空はビルの谷間でしか其の表情を見せませんが、田舎では特に朝夕の空に地球の動きを肌で感じる素晴らしい刻を体感できます。白く輝く宵の明星と月が加わるともう秋空の芸術そのものです。朝空は山々に色づき始めた落葉樹が其の鮮やかさを増し、夕空は漆黒の闇へと誘い、そこに住む沢山の動物植物に塒と活動時間を知らせます。
     数年前に女房と二人で北欧旅行に出かけた時、シベリア上空に差し掛かった機内に夜明けと共に沢山のひつじ雲が浮かんでいるのを眼下に観た女房曰く『「雲の家族」が沢山あるなあ』としんみり呟きました。丁度女房の両親が亡くなって心の傷が未だ十分に癒やされていない時期でもあり、天国に昇った肉親が「雲の家族」に住んでいるように写ったからです。人生の無常を感じる瞬間で『あの何処かの「雲の家」にいるよ』と返しました。
     空は地上に住む全てのものにたった数キロメートルの大気の層で優しく包んで守ってくれています。
    秋空に改めて感謝するとともに、いきとし生きるもの皆、幸せに一生を終えることができればどんなに素晴らしいことか・・・と。
     稲刈り作業の夕暮れ時に、出来ない相談を空に向かって祈っています。

 

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